長野県 歴史のよりみち案内

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まんでがんさん
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戦国時代の永正年間(1504〜1520年)、信濃守護家小笠原氏が深志城を築城したものが、松本城の土台となっています。天正18年(1590年)の豊臣秀吉による小田原征伐の結果、徳川家が関東に入府。当時の徳川家家臣の松本城主小笠原秀政は下総古河(現在の茨城県古河市)3万石を与えられ転封。その後、石川数正が入城し、石川数正とその子康長が、天守、乾小天守のある石垣造の近世城郭に改築しました。 現在の黒漆塗りの下見板張りの天守は国宝に指定、城跡は国の史跡に指定されています。 本丸正門の復元された黒門は侵入者が直進できないよう桝形門になっており、一の門が櫓門、二の門が高麗門になっています。
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2019 初雪 松本城 新年を迎え、初雪が降った松本城。雪が少ないので、機械を逃さないよう慌てて撮影にゆきました。
5.0
by リョウショー
2019年1月2日
松本城の桜
4月上旬〜4月中旬
松本城は、室町時代末期の永正元年(1504)、この地方に大きな勢力を持っていた小笠原貞朝が一族の島立貞永に命じて築城。国宝にも指定されている。城内には約300本の桜が本丸庭園内や中央公園、堀沿いの歩道に桜並木が続き、遠く北アルプスを背に咲き誇う。4月中旬には「夜桜祭」が行われ本丸庭園が無料開放される。天守閣のライトアップも美しいが、場内には一本桜として熊本城主加藤清正公が江戸からの帰り立ち寄った際の伝承が残るシダレザクラも有名。城の名前の由来は、小笠原氏が武田信玄によって深志城を追われ、武田氏が一時期ここを信濃を治める拠点とするが、武田氏が滅亡すると1582年に徳川家康の家臣となった小笠原貞慶が、占拠して名を「松本城」へと改めたことで以後、松本城と言われる。
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松本城の紅葉
11月上旬~11月中旬
長野県松本市にある松本城は、国宝に指定されている城です。戦国時代の永正年間に造られた深志城が始まりで、現存する五重六階の天守の中で日本最古とされています。秋になると紅葉の鮮やかな色づきが美しく、黒と白の天守のコントラストが映え素晴らしい景観です。例年11月上旬から11月中旬に見頃を迎えます。通年ライトアップも実施しているので、幻想的な城の雰囲気を楽しむこともできます。
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旧中込(なかごみ)学校は明治8年(1875)、下中込村の篤志者の寄付により建てられました。明治初期の大工棟梁たちが西洋建築をまねた「擬洋風建築」の学校建築で、現存する中でもっとも古いものとされています。 建築設計したのは、地元出身でアメリカに渡り建築学を研究した市川代治郎氏。日本人による明治初期木造洋風建築の様式を知る重要な建物として、旧中込学校は国の重要文化財にも指定されています。当時は珍しかったガラス窓がたくさん用いられ、1階の欄間と2階の丸窓には色鮮やかなステンドグラスがはめ込まれていたことから「ギヤマン学校」とも呼ばれていました。 建物内には教育関係の資料が展示され、資料館が隣接しています。珍しい明治初期の学校を見学しながら、当時の勉強風景を思い描いてみてはいかがでしょうか。
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旧中込学校 明治8年(1875)に建築された、現存する最も古い擬洋風建築の学校の一つです。とてもレトロな雰囲気のある歴史的建造物です。 昔の小学生はこんなステキな場所で学べたんですね。建物内を見学する事もできますので、ゆっくりと見学をオススメします。 学校の脇に大きな藤がとても綺麗でした。
4.0
by 平岩蘭Top user
2018年5月14日