長野県のよりみち案内

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長野県長野市松代町の松代藩文武学校。松代藩士の学問・武芸を奨励するため、8代藩主・真田幸貴は松代藩士・佐久間象山らの意見を受けて蘭学・西洋砲術などを積極的に取り入れ、藩校としての文武学校の建設を目指しました。9代藩主・真田幸教はその志を受け継ぎ、嘉永6年(1853年)に建物を完成させ、安政2年(1855年)に開校。幕末期の儒学中心の藩校から近代的学校建築への過渡期の建物となっており、文学所、御役所、教室2棟(東序・西序)、剣術所、柔術所、弓術所、槍術所などから構成されています。文武学校では、8歳から14歳ぐらいまでは文芸などの勉強を15歳から35歳ぐらいまでは武芸を習ったと言われています。明治元年(1868年)には、緒方洪庵や佐久間象山らから洋学などを学び、箱館五稜郭の設計を担当した、フランス式の兵制に詳しい武田斐三郎を招き、文武学校の中に兵制士官学校を創設。しかし、明治3年には廃校となり、翌4年には西洋兵学寮士官学校がつくられました。廃藩置県後は、近代の学校として使用され、松代小学校の校舎にもなりました。
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長野県松代の旧松代藩文武学校。江戸時代後期に創設された信濃国松代藩の藩校です。藩校自体は明治になると廃止になったそうです。建物の中は広い畳の部屋や小さい複数の部屋にわかれていました。その他、剣術や槍の槍術所も残されています。
3.0
by ちぇりTop user体験
2018年5月19日