岐阜の観光・お出かけ

5246fdbe b875 4079 9f71 120d3782b6da
E7305bce dc97 42e9 9265 9975c78a13f1
2bf7de6e 9eef 4fbe a0e6 630276b25bb4
岐阜県大野郡白川村の荻町地区は、美しい日本の原風景をなす景観が評価され、重要伝統的建造物群保存地区に選定。 またユネスコ世界遺産ながらにして、今もなお人々の生活が営まれています。 「合掌造り」とは木材の梁(はり)を山形に組み合わせて建築された茅葺の家屋です。急勾配な屋根の形が、まるで手の平を合わせたように見えることから「合掌」造りと呼ぶようになったとの説があります。他エリアにも見られる合掌造りですが、白川郷では「切妻合掌造り」といわれ、屋根の両端が本を開いたように三角形になっているのが特徴です。 また白川郷の合掌造りは自然条件を考慮し、南に面して建てられています。これは風の抵抗を少なくすると共に、屋根への日照量を調節して夏は涼しく、冬は暖かくするためだと言われています。
丘の上から見下ろす景色はここでしか見られない風景でした
by ヒカル
2018年5月27日
02a5f90c b540 4a35 a897 368a426a6cc1
B9c03baa 755e 4fb3 ab10 ea08a841bfeb
02872cd5 026c 43ae bcc0 dacab2b1acdd
樹齢千五百年余り、山梨県「山高神代桜」に次ぐ、日本第二の老樹。山深い根尾谷にたくさんの支柱に支えられながらも満開になると白色の花を付け、散り際には淡黒色を帯びることからこの名がある。桜は、ヒガンザクラで樹高十六、三メートル、幹回り約十メートル、枝張り約二十七メートル。この根尾谷には第二十六継体天皇が、幼少の頃に奈良の都から落ちのびて十八年隠れ住み、村を去る時に別れを惜しんで桜の苗木を一本植え、「身の代と遺す桜は薄住よ、千代に其の名を栄盛へ止むる」と、この歌を詠んだと伝わる。以後、その年の開花の多少によって根尾山中の諸作の富凶を告げるという。だが、大正初期の大雪で枝が折れ、本幹に亀裂が生じて生命が衰え始める。昭和二十三年に枯死寸前に陥るが、枯れた根を取り除き、若い根を接ぐ「根接ぎ」が行われ、二百三十八本の大手術を受けて回復。たが、伊勢湾台風で再び多くの枝が折れて樹勢が衰える。そんな時、訪れたのが小説「薄墨の桜」の作家、宇野千代氏。雑誌「太陽」にその痛々しい姿を感想文として発表し、当時の岐阜県知事に訴えた。以後、保存のために国、県などが動き、何度かの延命手術を行い樹勢を保っている。支柱に支えられながらも、今年も無事に可憐に咲く姿は、生きるというすばらしさを多くの人々に伝えるかのようにも見える。
パワースポット淡墨桜🌸満開。
by しのさん
2018年4月2日