Green banner
素敵に、よりみち

山形の花の名所・周辺情報

花の名所のTOP USER
平岩蘭さん
90f799c2 68be 4938 9ef4 1542a9df0c99

日付指定

日付を指定する
B65b9879 8020 466d 99e8 ae4cc6f53575
江戸時代には最上川の船運で発達した長井市は城下町として発展。この街の伊佐沢小学校の敷地にはエドヒガンザクラで樹齢千二百年の老樹がある。江戸時代には枝が四反歩にも広がり「四反歩」の名で親しまれ、花時には米沢藩主が来観したほど。明治時代までは桜の周囲一反歩の土地は無税地でもあったことからも手厚く保護されていたことがわかる。近年は保存会を組織し、柵をめぐらし支柱も数十本余りで支えている。樹高十六メートル、幹回り九メートル、幹の部分は三つに分裂し、根元は空洞になっている。この桜にはいくつかの言い伝えが残るがそのひとつは、坂上田村麻呂と地元の豪族の娘、お玉との悲恋物語。朝廷から蝦夷大将軍に任命された田村麻呂が蝦夷の反乱を平定するためにこの地に来た時に出会ったのがお玉。二人は深い仲になり、やがて任務を経て、再会を約束して京都へ去る。残された彼女は恋心を抱きながら病床で死んでしまう。のちにこのことを知った田村麻呂は深く悲しみ桜を送り、娘の墓に植えさせた。すると、すくすくと育ち、毎年お玉を思わせる可憐な花を咲かせるという。今では地元でこの桜を「お玉桜」と呼び、多くの人に愛され続けている。