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倉敷科学センター わくわく工作室「でんでんたいこ」周辺の幕末

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象山記念館

長野県長野市松代町松代1446−6 象山記念館
車1149分(459.49km)
長野県長野市松代町の象山記念館。昭和39年(1964年)地元有志によって「象山先生100年祭奉賛会」が設立され、佐久間象山の遺墨、遺品を公開する施設の建設が発起されました。翌年の昭和40年(1965年)9月に象山記念館が完成。昭和42年(1967年)3月、長野市に記念館が譲渡され、同年4月1日に開館しました。昭和63年(1988年)には展示室を増築し、思想家、兵学者、科学者など、さまざまな面をもつ象山を紹介しています。 佐久間象山は、佐久間国善の長男として、松城町浦町(有楽町)に生まれました。幼名を啓之助、諱は啓、通称を修理、号を象山・子明と言います。天保4年(1833年)、江戸に出て佐藤一斎に学び、渡辺華山、藤田東湖などと親交を深め、同10年(1839年)には江戸神田お玉ヶ池に私塾を開校。同13年(1842年)、8代藩主・真田幸貴が幕府の老中海防掛になると、顧問として海外の事情を研究。弘化元年(1844年)黒川良安と蘭学・漢学の交換教授を行い、オランダの百科事典などによって洋楽の知識を身につけたました。その後、嘉永3年(1850年)には、深川の藩邸で砲学の教授をはじめ、勝海舟、橋本左内ら多くの人材を輩出しています。安政元年(1854年)、門人である吉田松蔭のアメリカ密航未遂事件に連座して、松代に蟄居を命じられますが、文久2年(1862年)には蟄居が解かれて、将軍家茂の命により元治元年(1864年)に京都に上洛。公武合体・開国佐幕を説くなどの活動をしていたところ、三条木屋町で尊王攘夷派に暗殺されて54年間の人生の幕を閉じました。
長野県松代の佐久間象山記念館。象山神社からも近く、佐久間象山の貴重な書や持ち物が展示されていました。
by ちぇりTop user
2018年5月19日
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