倉敷科学センター わくわく工作室「でんでんたいこ」周辺の幕末

日付指定

日付を指定する
5f08d57b 86a4 409c a641 2fe6ed635c33
4ca08400 d618 4b3f ab5f 815be178ee95
747ebf8b 9966 4d83 8d0b 7ac3bc7f3929
江戸幕府初代将軍徳川家康が、慶長8年(1603年)に京都での宿泊所として築いた二条城。第3代家光が御水尾天皇を迎えるにあたり大規模な整備を行い、今の姿になりました。数々の歴史の舞台となった二条城は、第15代将軍慶喜が大政奉還を発表した場所としても有名です。貴重な歴史的遺構として、城内全域が史跡に指定されているほか、世界遺産にも登録されています。 二条城の一番の見どころは、国宝の二の丸御殿。武家風書院造りの遺構として大変貴重な建物で、各部屋は美しい欄間彫刻や狩野派の絵師たちによる豪華絢爛な襖絵などに彩られ、見ごたえがあります。 ほかにも国の特別名勝に指定された二の丸庭園や,重要文化財に指定された門や櫓など見どころ満載の二条城。ライトアップやイベントにも力を入れていて、何度も訪れる楽しみがあります。 庭園や古建築に歴史に思いを馳せながら、散策を楽しんでみてはかがでしょうか。
公家の佇まい薫る二条城 武家大名の城とは違う静かな佇まいがすてきです。 街中の行きやすい場所にあるので訪れてみてください。
by Sariana
2018年4月25日
B5320aea ff10 4852 87bb d954afa613bf
Cda514a6 2fc6 4eb5 a314 1842b512e041
Spot noimage
幕末、長州藩の定宿だった旅籠「池田屋」の跡地。元治元年(1864年)6月に新撰組が長州藩、土佐藩などの尊王攘夷派志士を襲撃した所謂「池田屋事件」の跡地です。長州藩、土佐藩などの尊王攘夷派志士達は「祇園祭の前の風の強い日を狙って御所に火を放ち、その混乱に乗じて中川宮朝彦親王を幽閉、一橋慶喜・松平容保らを暗殺し、孝明天皇を長州へ連れ去る」ことを計画。これを察知した、京都守護職配下の新撰組、近藤勇・沖田総司・永倉新八・藤堂平助らの4名が、池田屋で会合を持っていた尊王攘夷派志士達を襲撃しました。その結果、久坂玄瑞、高杉晋作とともに吉田松陰門下の三秀と言われていた吉田稔麿のほか、北添佶摩、宮部鼎蔵、大高又次郎、石川潤次郎、杉山松助、松田重助ら、尊王攘夷派の逸材が一度に戦死してしまいます。同じ会合には、維新の三傑と言われた桂小五郎(木戸孝允)も参加予定だったそうですが、会合への到着が早すぎたので、一旦池田屋を出て対馬藩邸を訪れていたため難を逃れたと言われています。
新選組を一躍有名にした池田屋事件の跡地。長州藩・土佐藩などの尊王攘夷派の志士を襲撃した池田屋のは居酒屋はなの舞になっていました。
by ちぇりTop user
2018年9月23日