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ふくろうと一緒にお花見会周辺

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盛岡地方裁判所の構内入口にある桜は、見てのとおり、巨大な岩の割れ目に生え、成長のともに割れ目を少しずつ押し広げている。樹齢三百六十年といわれ、昔は南部藩家老北家の敷地にあり、落雷で割れた花崗岩の隙間に種が入り、そのまま成長。樹高十一メートル、幹回り四、六五メートル、枝張りは南北二十メートルの巨本に成長した。明治九年に明治天皇の東北巡行の時に「桜雲石」と紹介したが、大正初期には現在の名前に改名されたという。国の天然記念物指定を大正十二年に受け、歴代の地方裁判所長は桜を枯らさないよう努力してきたが、昭和七年、裁判所が火災になった時、桜の北側部分が一部が焼け、服を濡らして降り注ぐ火の粉を打ち払った必死の消化活動は今でも語られている。その時の名言に「裁判所は燃えても建てる事ができるが、この桜は造ることができない」と、当時の人たちの桜への愛着を感じさせる。火災にあった翌年、見事な花を咲かせ関係者が胸をなで下ろしたという。現在の岩の隙間は二十五センチから三十センチ、岩に挟まれて樹木部分は板状と思われるが、石の上は通常の桜のようにこぶを造りねじれながらも枝を広げ、その生命力の強さには見る人に力を与えてくれる。