Banner

バンバン・バザール New Album Release Tour in 高崎から近い藤

テーマ

2e4e2fae 0e7b 4ab2 97d7 ac3de4e09558

殿ヶ谷戸庭園

東京都国分寺市南町二丁目 殿ヶ谷戸庭園
車205分(81.92km)
武蔵野段丘の南緑の国分寺崖線と呼ぶ段丘崖と豊富な湧水を利用して造られた回遊式林泉庭園の殿ヶ谷戸庭園。昭和4年(1929年)に三菱財閥創業家で三菱合資会社の取締役であった岩崎彦彌太が江口家から別邸として買い取り、津田鑿の設計で洋風邸宅、数奇屋風の茶室(紅葉亭)などを新築し「国分寺の家」として親しむようになりました。庭園の段丘上には芝生地が広がる洋風庭園があり、崖線の傾斜面はアカマツ・モミジ・竹林・クマザサで覆われ、崖線下には湧水の次郎弁天地を中心とした和風庭園が備わっています。 現在では、平成23年(2011年)に殿ヶ谷戸庭園(随冝園)として国の名勝に指定されています。 ※随冝園は岩崎家の前所有者の江口家がつけた別荘の名前です。 【庭園内の見所】 次郎弁天池 地下水が湧出す崖線が敷地内にあり、涌水を利用して造られたものが次郎弁天池。殿ヶ谷戸庭園唯一の池です。周囲にはモミジをはじめとした植物が植えられており、紅葉の時期の池とモミジのシンクロが大変な絶景です。 紅葉亭 数奇屋造り風の高台にある茶室。次郎弁天池周辺の約190本のモミジの紅葉が見下ろせる場所に備えられています。現在では、茶会・句会にも利用できます。 藤棚 5月上旬に見頃を迎える藤の花。岩崎家が当地を保有していた時代から庭園に備わっている藤は大変見事な花を咲かせます。 萩のトンネル 竹で編んだトンネルに萩を沿わせて仕立てたトンネルです。9月中旬頃から見頃を迎えます。 本館 岩崎彦彌太の別邸として昭和9年(1934年)に建てられた洋館です。日本間と洋間が融和した和洋折衷の貴重な建物です。
526944b7 eb0a 493a 82fc 68afc19500a5

向島百花園

東京都墨田区東向島3丁目18−3 向島百花園
車247分(98.96km)
花の咲く草木観賞の花園として江戸時代から続く向島百花園。現存する唯一の江戸時代の花園です。文化・文政期(1804年〜1830年)に仙台出身の骨董商を営んでいた佐原鞠塢(さはらきくう)が江戸の文人墨客の協力を得て開園させました。「四季百花の乱れ咲く園」という意味から百花園と名付けれらたと言われています。 開園当初は360本もの梅の木を植えたことから浅草の呉服商伊勢屋彦右衛門の別邸・清香庵の庭「梅屋敷」に倣って「新梅屋敷」と呼ばれていたそうです。その後、詩経や万葉集など中国・日本の古典に詠まれている有名な植物を集め、四季を通じて花が咲くようになりました。 現在では、昭和53年(1978年)に文化財保護法により国の名勝・史跡に指定されている名園です。 【庭園内の見所】 梅 例年2月上旬〜3月上旬には梅まつりが開催される向島百花園。かつて「新梅屋敷」と呼ばれていましたが、現在でも影(つきかげ)・初雁(はつかり)・白加賀(しらかが)・道知辺(みちしるべ)・鹿児島紅(かごしまべに)など約20種類近くの梅を楽しめます。 花の棚 藤の花は5月上旬頃に棚全体に花房が下がり見頃を迎えます。向島百花園には4月上旬頃に黒紫色の花をつけ、10月上旬頃になると、淡紫色に色づいた実も楽しめる「ミツバアケビ」や8月下旬頃に見頃を迎える紫紅色のクズの棚など珍しい品種も沢山植えられています。 ハギのトンネル ハギを竹で編んだトンネルに沿わせて仕立てた百花園の名物。9月下旬頃に約30メートルのトンネルがお目見えします。
Ae8cd576 347b 43ec a64b 3edbbe8acdd3

浜離宮恩賜庭園

東京都中央区浜離宮庭園1−1 都立浜離宮恩賜庭園
車251分(100.5km)
江戸時代には江戸城の出城としての機能を果たしていた徳川将軍家の庭園、浜離宮恩賜庭園。海水を引き入れ、潮の干満によって池の趣を変える様式で、都内にある江戸の庭園では唯一現存する海水の池(潮入の池)があります。 浜離宮恩賜庭園は徳川三代将軍の徳川家光の三男であり、甲斐甲府藩主の松平綱重が海を埋め立て甲府浜屋敷と呼ばれる別邸を建てたことがはじまりです。その後、綱重の子、松平綱豊(後の徳川六代将軍 徳川 家宣)が将軍になったのを機に、甲府浜屋敷は徳川将軍家の別邸となり「浜御殿」と呼ばれるようになりました。明治維新によって徳川政権が崩壊すると、皇室の離宮となり「浜離宮」と名称を変更し、現在に至ります。昭和27年(1952年)には旧浜離宮庭園として国の特別名称、特別史跡に指定されてています。 【庭園内の見所】 中島の御茶屋 宝永4年(1707年)に造られて以来、徳川将軍、奥方、公家たちが利用した休憩所。昭和58年(1983年)に再建。現在でも中島の御茶屋では、抹茶、和菓子セットなどを供していて、浜離宮恩賜庭園を訪れた人の休憩所となっています。 松の御茶屋・燕の御茶屋 徳川11代将軍 徳川家斉の時代に造られましたが、戦災で焼失。その後平成22年(2010年)に松の御茶屋が、平成27年(2015年)に燕の御茶屋が復元されました。 お伝い橋 汐入の池の岸から小の字島と中島を結ぶ延長118メートルの総ヒノキ造りの橋。平成24年(2012年)に改修されました。 新樋の口山 浜離宮恩賜庭園の大手門入口を入り左手の東京湾に面した水門近くの山。レンボーブリッジやお台場などを一望できるスポットです。 水上バス発着場 浅草、両国、お台場海浜公園、葛西臨海公園などへの水上バス発着場。浅草方面に上って行くと、隅田川に架かる沢山の橋を水上から見上げることができます。
E18f5b74 d094 4d65 ac91 4cbfea84f42e

旧芝離宮恩賜庭園

東京都港区海岸1丁目4−1 都立旧芝離宮恩賜庭園
車252分(100.73km)
東京に残る江戸初期の大名庭園の一つ旧芝離宮恩賜庭園。池泉を中心に庭園の区画や石がバランスよく配置された回遊式泉水の庭園です。 江戸時代の大名・老中「大久保忠朝」(肥前唐津藩第2代藩主)の上屋敷の庭園「楽寿園」が旧芝離宮恩賜庭園の始まりとされています。この地はかつて海面であったそうですが、明暦(1655年〜1658年)の頃に埋め立てられ、延宝6年(1678年)に大久保忠朝が邸地を建てたとされています。 幕末には紀州徳川家の芝御屋敷となり、明治4年(1871年)に有栖川宮家の所有になりました。その後、明治8年(1875年)に宮内省がこれを買い上げ、大正13年(1924年)に昭和天皇のご成婚記念として東京に下賜されました。また、昭和54年(1979年)には文化財指定名勝として国の名勝に指定されています。 【庭園内の見所】 西湖の堤 中国の杭州にある西湖の堤を模した石造りの堤。堤の先にある中島の石組みは大久保忠朝の上屋敷があるころからのものだそうです。小石川後楽園の西湖の堤も中国の杭州の西湖を模したものですので両庭園でそれぞれ見比べるのも楽しみのひとつです。 中島 旧芝離宮恩賜庭園の要となる箇所。池の中央にある中島です。中国で仙人が住み不老不死の池と言われる霊山を模した蓬莱石組となっています。 枯滝 豪快かつ繊細な石組みで造られている枯滝。滝の河床が園路になっており、景観の変化を楽しめます。 大山 庭園内の最も高い築山。頂上から観賞する大泉水は大変綺麗な光景です。 大泉水 庭園の要となる約9,000㎡の池。以前は海水を引き入れた潮入の池でしたが、現在は淡水の池となっています。