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瀬峰さくらまつり周辺の重要文化財

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日本を代表する世界遺産「日光の社寺」。その中でももっとも有名な「日光東照宮」は徳川家康がまつられた神社で、現在の社殿群は、そのほとんどが寛永13年3代将軍家光による「寛永の大造替」で建て替えられたもの。境内には国宝8棟、重要文化財34棟を含む55棟の建造物が並び、その豪華絢爛な美しさは圧巻です。全国各地から集められた名工により、建物には漆や極彩色がほどこされ、柱などには数多くの彫刻が飾られています。
東照大権現を祀る日光東照宮 徳川家康(東照大権現)を祀る日光東照宮。全国の東照宮の総本山です。沢山の杉の木に囲まれた敷地内にある建物は、きらびやかで歴史的価値のあるものばかり。東照宮周囲をゆっくり見てまわるなら半日ぐらいかかるかと思います。
by ちぇりTop user
2018年8月17日
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栃木県日光市上鉢石町に架かる神橋。日光二荒山神社の建造物であり、日光の表玄関を飾る高さ10.6メートル、長さ28メートルの木造朱塗りの美しい橋。 奈良時代の末に勝道上人が日光山を開くとき、大谷川の急流に行く手を阻まれ神仏に加護を求めた際、深沙王(じんじゃおう)が現れ2匹の蛇を放ち、その背から山菅(やますげ)が生えて橋になったという伝説を持つ神聖な橋。別名、山菅橋や山菅の蛇橋(じゃばし)とも呼ばれています。現在のような朱塗りの橋になったのは寛永13(1636)年の東照宮の大造替のとき。明治35(1902)年にそのときの橋は洪水で流されてしまいましたが明治37(1904)年に再建され、日本三大奇橋の1つに数えられています。
日光東照宮への入口 日光の神橋。高さ約11メートル、長さ約28メートルの朱塗りの神橋。国の重要文化財で世界遺産にも登録されています。日光東照宮の入口に架かる橋ですが、向こう側には行けず、引き返す形になります。神橋を渡るには大人300円必要。 今の時期は風鈴祭り期間で、橋や周辺には風鈴が沢山吊るされていました。そのため周囲は風鈴の音で、夏っぽく涼やかでした。
by ちぇりTop user
2018年8月17日
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弘道館(こうどうかん)は天保12年(1841年)に第9代藩主徳川斉昭が開設した日本最大の藩校です。徳川最後の将軍である徳川慶喜も幼少期この弘道館で学び、大政奉還後はここで謹慎生活を送りました。 弘道館の正門、正庁、至善堂は国の重要文化財に指定されています。正門の柱には明治元年(1868年)の水戸藩の藩内抗争で最後の激戦と言われている弘道館の戦いの際についた弾痕が残されており、建造物の歴史を感じることができます。 また、来館者控えの間である「諸役会所(しょやくかいしょ)」には「尊攘」の掛け軸があり、かなりの迫力があります。「水戸学」と呼ばれ、全国の藩校でも教えられていた独自の教育方針で人材育成を行ってきた場所であり、平成27年(2015年)には日本遺産にも認定された弘道館で、その歴史を感じてみてはいかがでしょうか?
茨城県水戸の弘道館。江戸時代の水戸藩の藩校で、徳川斉昭が創設。徳川慶喜も幼少期に学んだ場所です。建物の中には尊攘という掛け軸があり、大変迫力がありました。今では国の特別史跡、重要文化財に指定されています。
by ちぇりTop user
2018年9月18日