じっぱる感。Vol.02周辺の史跡

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花の咲く草木観賞の花園として江戸時代から続く向島百花園。現存する唯一の江戸時代の花園です。文化・文政期(1804年〜1830年)に仙台出身の骨董商を営んでいた佐原鞠塢(さはらきくう)が江戸の文人墨客の協力を得て開園させました。「四季百花の乱れ咲く園」という意味から百花園と名付けれらたと言われています。 開園当初は360本もの梅の木を植えたことから浅草の呉服商伊勢屋彦右衛門の別邸・清香庵の庭「梅屋敷」に倣って「新梅屋敷」と呼ばれていたそうです。その後、詩経や万葉集など中国・日本の古典に詠まれている有名な植物を集め、四季を通じて花が咲くようになりました。 現在では、昭和53年(1978年)に文化財保護法により国の名勝・史跡に指定されている名園です。 【庭園内の見所】 梅 例年2月上旬〜3月上旬には梅まつりが開催される向島百花園。かつて「新梅屋敷」と呼ばれていましたが、現在でも影(つきかげ)・初雁(はつかり)・白加賀(しらかが)・道知辺(みちしるべ)・鹿児島紅(かごしまべに)など約20種類近くの梅を楽しめます。 花の棚 藤の花は5月上旬頃に棚全体に花房が下がり見頃を迎えます。向島百花園には4月上旬頃に黒紫色の花をつけ、10月上旬頃になると、淡紫色に色づいた実も楽しめる「ミツバアケビ」や8月下旬頃に見頃を迎える紫紅色のクズの棚など珍しい品種も沢山植えられています。 ハギのトンネル ハギを竹で編んだトンネルに沿わせて仕立てた百花園の名物。9月下旬頃に約30メートルのトンネルがお目見えします。
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水戸徳川藩第9代藩主徳川斉昭(江戸幕府第15代将軍 徳川慶喜の実父)が自ら造園構想を練り、創設した偕楽園。岡山市の後楽園や金沢市の兼六園と並んで日本三名園の一つと言われています。偕楽園内には約100種、3,000本の梅が植えられており、梅の開花時期の梅まつりは特に多くの人出で賑わいます。また園内の「烈公梅(れっこうばい)」、「江南所無(こうなんしょむ)」、「白難波(しろなにわ)」、「柳川枝垂(やながわしだれ)」、「虎の尾(とらのお)」、「月影(つきかげ)」の梅の品種は花の形・香り・色などが特に優れているとされ、昭和9年「水戸の六名木」に選定。そのほか、偕楽園は国の史跡、名勝に指定されています。 【庭園の見所】 好文亭(こうぶんてい) 徳川斉昭自らが設計。木造2層3階建ての好文亭本体と木造平屋建ての奥御殿から成っている歴史ある貴重な建物。
茨城県水戸の偕楽園。偕楽園は国の史跡、名勝に指定されていて、岡山市の後楽園や金沢市の兼六園と並んで日本三名園のひとつとされている名所です。徳川斉昭が作った広大な敷地は、ニューヨークのセントラルパークに次ぎ世界第2位の面積だそうです。偕楽園は梅の名所として知られていますが、園内には本当に梅の木がいたるところにありました。また、左近の桜という大変な幹の太さの桜も植えられています。今の時期は萩が見頃で水戸の萩まつりが開催中です。
by ちぇりTop user
2018年9月18日
偕楽園・千波湖の紅葉
11月中旬~11月下旬
茨城県水戸市にある偕楽園・千波湖の紅葉は、例年11月中旬から11月下旬に見頃を迎えます。
偕楽園の梅
2月下旬〜3月下旬
金沢の兼六園、岡山の後楽園とともに日本三名園の一つとして知られ、天保13年(1842)、第九代水戸藩主徳川斉昭公が自ら構想を練り、建てた公園であり「民と偕に楽しむ」という意図からこの名が付けられた。斉昭公は藩民の健康にも関心を注ぎ、観賞用だけでなく、ウメの健康食品としての効用をみとめ「種梅記」という書物にまとめている。水戸が日本を代表するウメの名所となったのもこのためだ。約13万の広い園内には3000本のウメが植えられているが、品種の数100余りと、その種類の多さで も名高い。
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偕楽園の桜
4月上旬〜4月中旬
偕楽園は、金沢の兼六園・岡山の後楽園に並び、日本三名園のひとつです。水戸藩第9代藩主徳川斉昭公により造られ、梅・桜・つつじ・萩・二季咲桜と四季折々の花を楽しむことができます。2月下旬から3月にかけての「水戸の梅まつり」が有名ですが、桜の名所としても有名です。園内に約130本の桜が植えられ、春になると、梅だけでなく桜のお花見も楽しむことができます。見どころは、好文亭の前にある、左近の桜です。美しく咲き誇り、とても大きい迫力のある姿を見せてくれます。
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長野県長野市松代町の松代藩文武学校。松代藩士の学問・武芸を奨励するため、8代藩主・真田幸貴は松代藩士・佐久間象山らの意見を受けて蘭学・西洋砲術などを積極的に取り入れ、藩校としての文武学校の建設を目指しました。9代藩主・真田幸教はその志を受け継ぎ、嘉永6年(1853年)に建物を完成させ、安政2年(1855年)に開校。幕末期の儒学中心の藩校から近代的学校建築への過渡期の建物となっており、文学所、御役所、教室2棟(東序・西序)、剣術所、柔術所、弓術所、槍術所などから構成されています。文武学校では、8歳から14歳ぐらいまでは文芸などの勉強を15歳から35歳ぐらいまでは武芸を習ったと言われています。明治元年(1868年)には、緒方洪庵や佐久間象山らから洋学などを学び、箱館五稜郭の設計を担当した、フランス式の兵制に詳しい武田斐三郎を招き、文武学校の中に兵制士官学校を創設。しかし、明治3年には廃校となり、翌4年には西洋兵学寮士官学校がつくられました。廃藩置県後は、近代の学校として使用され、松代小学校の校舎にもなりました。
長野県松代の旧松代藩文武学校。江戸時代後期に創設された信濃国松代藩の藩校です。藩校自体は明治になると廃止になったそうです。建物の中は広い畳の部屋や小さい複数の部屋にわかれていました。その他、剣術や槍の槍術所も残されています。
by ちぇりTop user
2018年5月19日
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長野県長野市の無宗派の単立寺院である善光寺。創建年は不明なものの、約1400年前の皇極天皇3年(644年)とも言われている由緒あるお寺です。平安時代の末期には、有名なお寺は決まって女人禁制でしたが、善光寺は男女関係なく庶民を救う寺として知られていました。身分も性別なく、お参りすれば誰でも極楽往生できると信じられていたそうです。江戸時代末には「一生に一度は善光寺詣り」と言われていたほど、庶民からも大変な人気のあるお寺でした。 また、国宝である本堂は仏堂の前面に長大な礼堂を配した撞木造と呼ばれる独特の構造を持ち、東日本最大の規模を誇る江戸中期仏教建築の傑作となっています。 さらに、善光寺は、日本最古と伝わる「一光三尊阿弥陀如来」を本尊とし、現在でも、7年目ごとに1度(6年間隔の丑年と未年)「善光寺前立本尊御開帳」が行われています。秘仏の本尊「一光三尊阿弥陀如来」の代りである「前立本尊」が開帳される。御開帳の時期には全国から多くの参拝者が訪れ、大変な賑わいとなっています。
長野の絶対外せない観光名所と言えば善光寺。古くから「一生に一度は善光寺参り」と言われるように、日本人ならいつかは訪れてみたい名刹です。
by yuki
2018年6月26日